東京高等裁判所 昭和59年(行ケ)215号 判決
一 請求の原因一(特許庁における手続の経緯)、二(本願発明の特許請求の範囲)及び三(審決の理由の要点)の事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、原告主張の審決の取消事由の存否について判断する。
1 原告は、特許請求の範囲には、発明の詳細な説明に記載された発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しなければならないから、成分(ハ)についても、これを必須の成分とし、アルキルシリケートが〇%の場合を含まないという解釈も成り立つこと、アルキルシリケートが〇%の場合を含むとすると、本願発明の特許請求の範囲で成分(ハ)を含むことを特徴とするシリコーンゴム組成物であると規定しているにもかかわらず、成分(ハ)を含まない場合をも認めることになり、特許請求の範囲の記載に矛盾があるという解釈も可能であること、並びに「アルキルシリケート〇ないし一五重量%」という記載からだけでは、本願発明は、組成物としてアルキルシリケートを含まないものと含むものとのいずれであるのか、あるいは双方であるのかといつた疑問が生じることを理由として、特許請求の範囲の記載のみでは、成分(ハ)が必須の成分であるか否かが不明確であるから、発明の詳細な説明を勘案して明細書の記載全体から成分(ハ)が必須の成分であるか否かを検討して本願発明の要旨を認定すべきであるとした上、本願明細書の発明の詳細な説明に請求の原因四、2、(ア)ないし(オ)の各記載があること及び実施例においていずれもアルキルシリケートが用いられていることを根拠として、成分(ハ)は本願発明における必須の成分と解すべきである旨主張する。
しかしながら、前記のとおり、本願発明の特許請求の範囲には、成分(ハ)について、組成物中における存在量が「アルキルシリケート〇ないし一五重量%」と明記されており、右記載によれば、本願発明は、アルキルシリケートが〇%である場合、すなわち成分(ハ)が零である場合を含むものであることは文理解釈上明白である。
そして、以下説示するとおり、本願明細書の発明の詳細な説明を検討しても、成分(ハ)が必須の成分であるとすることはできないから、原告の右主張は理由がない。
本願明細書の発明の詳細な説明に請求の原因四、2、(ア)ないし(オ)の各記載があることは当事者間に争いがなく、右のうち、(イ)の「ジ有機ポリシロキサン液体をキユアーさせるため、組成物中には一般式(1)の交叉結合剤を存在させねばならない。」との記載は、本願発明の組成物が交叉結合剤を必要とすることを述べているものということができる。しかし、(ア)の「アルキルシリケートは有機ポリシロキサンの〇ないし一五・〇重量%の量で存在せしめられる。」、(ウ)の「一般に、一般式(16)および(17)のジ有機ポリシロキサンの重量に基づいて〇ないし一五・〇重量%、好ましくは〇・一ないし一〇重量%の一般式(1)の交叉結合剤が加えられる。」との各記載は、成分(ハ)が零である場合を含むことを明確に示しているといえるし、(エ)の「また〇・一重量%より少ない交叉結合剤が用いられると、有機ポリシロキサンと反応して硬化シリコーンゴムを作る交叉結合剤が不足する。」、(オ)の「次に第二の混合物がキシレンの如き溶剤を用い、あるいは用いずにアルキルシリケートと窒素含有官能性シランから作られる。」との各記載は、成分(ハ)が必須の成分であることを意味するものとは認め難い。
また、本願明細書に記載されている実施例においては、いずれもアルキルシリケートが用いられていることは当事者間に争いがないが、実施例は、出願人が当該発明の最良の結果をもたらすと考えるものを記載するものであり、当該発明のすべての態様を記載するとは限らないから、実施例に関する右記載をもつて、本願発明において成分(ハ)は必須の成分であるとすることはできない。
ところで、成立に争いのない甲第二号証(本願公告公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明には、成分(ホ)に関して、「一般式(2)ないし(15)で表わされる窒素含有官能性シランは何れも室温硬化性シリコーン組成物に所望の自己接着性を与えるため、末端シラノール基をもつ線状有機ポリシロキサンの少なくとも〇・一ないし一〇重量%の濃度で存在せしめられる。一般式(2)ないし(15)で表わされる窒素含有官能性シランは自己接着剤および組成物中の触媒として双方の作用をする。」(同公報第一三欄第二六行ないし第三三行)、「一般式(12)の化合物並びに上述の他の各一般式内に入る他の化合物の場合、これら一般式の範囲内に入る任意の化合物が自己接着性を改善する目的で、またそれ自身であるいは他の触媒剤と共に触媒として作用するように本明細書に記載されている二―パツケージ室温硬化性シリコーンゴム組成物に加えられる自己接着性添加剤として用いられる。」(同第二七欄第一五行ないし第二二行)、「またかかる窒素含有官能性シランは硬化触媒としてもまたシリコーンゴム組成物を各種物質に対し自己接着性とする結合剤としても作用する。」(同第三〇欄第一六行ないし第一九行)と記載されていることが認められ、右各記載を総合すると、前記窒素含有官能性シランは、自身が自己接着性という性質を有すると同時に、シリコーン組成物を自己接着性とする結合剤としての作用をも有するものであると認められる。してみれば、前記記載は、本願発明の組成物は成分(ハ)が存在しなくても自己接着性室温硬化性を有し得ることを示唆しているものと解され、この点からいつても、成分(ハ)についての「〇ないし一五重量%」という規定は、成分(ハ)が零であることを排除するものではないと認めるのが相当である。
また、前記のとおり、本願発明の特許請求の範囲には、成分(ニ)について、触媒の存在量が有機ポリシロキサンの「〇ないし五重量%」と、成分(ハ)と同様の記載方法を用いて規定されているところ、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明に、成分(ニ)に関して、「窒素含有官能性シランが充分高濃度で用いられるなら他の形の硬化触媒は不必要なこともある。」(本願公告公報第二九欄第五行ないし第七行)と記載されていることが認められ、右記載と成分(ホ)に関する前記認定の本願明細書の記載を併せ考慮すると、成分(ニ)についての「〇ないし五重量%」という数値範囲には成分(ニ)が存在しない場合が含まれると解することができるから、このことからも、本願明細書における「〇ないし…重量%」という存在量を規定する記載方法は、その範囲内に当該成分を含まない態様を包含する意味で使用されているものと認めるのが相当である。
以上のとおりであるから、本願明細書の発明の詳細な説明によつても、成分(ハ)が本願発明の組成物として必須の成分であるということはできない。
2 次に、本願発明が二パツケージの室温硬化性型シリコーンゴム組成物に関するものであること、右組成物の生成には架橋剤、すなわち交叉結合剤が不可欠であり、架橋剤としてアルキルシリケートが用いられることが本件出願当時当業者の技術常識であつたことは当事者間に争いがないが、原告は右事実を根拠として、本願発明が成分(ハ)を含まない態様を包含しないことは明らかである旨主張するので、この点について検討する。
成分(ホ)の窒素含有官能性シランにアミノプロピルトリエトキシシランが含まれることは当事者間に争いがないが、成立に争いのない甲第九号証の一ないし三(ベツセマー/ランプテスト)によれば、成分(ホ)としてアミノプロピルトリエトキシシランを、成分(ニ)としてジブチル錫ラウレートをそれぞれ用い、成分(ハ)についてはエチルシリケートを用いた場合と用いなかつた場合におけるスナツプ時間及びマスキユア時間のテスト結果は、別紙(二)記載のとおりであることが認められる。
右テスト結果によれば、サンプル1(成分(ハ)〇・七重量%、成分(ニ)〇・二二重量%、成分(ホ)一・二重量%)のスナツプ時間は一二分、マスキユア時間は一時間であるのに対し、成分(ハ)を零、成分(ニ)及び成分(ホ)をサンプル1と同量としたサンプル2のスナツプ時間は三〇〇分、マスキユア時間は二四時間であり、成分(ハ)を零、成分(ニ)をサンプル1と同量とし、(ホ)は若干増量(一・九重量%)したサンプル5のスナツプ時間は一八〇分、マスキユア時間は二四時間であるから、サンプル1とサンプル2及びサンプル5との間には、硬化に要する時間(硬化速度)に大差のあることが認められる。しかし、成分(ハ)を零とし、成分(ホ)及び成分(ニ)をサンプル1に比して増量(成分(ホ)一〇・〇重量%、成分(ニ)一・八二重量%)したサンプル4のスナツプ時間は一一・五分、マスキユア時間は一・一時間であり、また、成分(ハ)を零とし、成分(ホ)及び成分(ニ)をサンプル1に比して増量(成分(ホ)一五・八重量%、成分(ニ)一・八二重量%)したサンプル6のスナツプ時間は一四分、マスキユア時間は一・〇時間であるから、サンプル1とサンプル4及びサンプル6との間には、硬化速度に関して実質的な差異はないことが認められる。
右のとおり、成分(ハ)のアルキルシリケートが〇%であつても、成分(ホ)、成分(ニ)の添加量を工夫することにより、接着剤としての機能を有するものが得られることは否定できず、また、前記テスト結果は、成分(ホ)に関する前記認定の本願明細書の記載とも符合するから、前記争いのない事実を根拠として、本願発明は成分(ハ)を含まない態様を包含しないことが明らかであるとはいえず、原告の前記主張は理由がない。
なお、原告は、アミノプロピルトリエトキシシランは二パツケージの室温硬化性シリコーンゴム組成物に不可欠な架橋剤としての実際的な機能を有しない旨主張するが、右主張は、前記テスト結果に照らして採用できない。
3 以上のとおりであるから、本願発明は成分(ハ)を含まない態様を包含するとした審決の認定に誤りはない。したがつて、本願発明は成分(ハ)を必須の成分とするもので審決は本願発明の要旨を誤認した旨の原告の主張は理由がなく、審決に原告主張の違法はない。
三 よつて、審決の取消しを求める原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
〔編註〕 本願発明の特許請求の範囲は左のとおりである。
1 (イ)末端ケイ素結合ヒドロキシ基を含み、二五℃で測定した場合、粘度が五〇〇~一〇、〇〇〇、〇〇〇センチポイズである線状液体有機ポリシロキサンで、その有機基が一価炭化水素基であるもの、
(ロ) フイラー
(ハ) 一般式
(R40O)3Si-R41
(ここにR40は一価の炭化水素基およびハロゲン化一価炭化水素基からなる群より選ばれる基であり、R41はアルキル、ハロアルキル、アリール、ハロアリール、アルケニル、シクロアルキル、シクロアルケニル、シアノアルキル、アルコキシおよびアシロキシ基からなる群より選ばれる)で表わされるモノマーの有機シリケート、および該有機シリケートモノマー化合物の液状部分加水分解物からなる群より選ばれるアルキルシリケート〇~一五重量%、
(ニ) 前記有機ポリシロキサンの〇~五重量%の触媒で有機モノカルボン酸またはジカルボン酸の金属塩であつて該金属イオンが鉛、錫、ジルコニウム、アンチモニー、鉄、カドミウム、バリウム、カルシウム、チタン、蒼鉛、およびマンガンからなる群より選ばれるもの、および
(ホ) 一般式
<省略>
(式中RおよびR1は一価炭化水素基およびハロゲン化一価炭化水素基からなる群より選択し、R12、R13、R14、R15およびR16は水素、炭素原子一〇個までのアルキル基およびアリール基からなる群より選択し、MはSO2およびC=〇からなる群より選択し、hは三~二〇の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中、R、R1、R12、R13、R16、M、hおよびaは前述したとおりであり、R31は一価炭化水素基およびハロゲン化一価炭化水素基よりなる群から選択する)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R2およびR6は水素、炭素原子一〇個までのアルキル基およびアリール基から選択し、Bは窒素、硫黄および酸素からなる群より選択し、Gは
<省略>
からなる群より選択し、R7水素、炭素原子一〇個までのアルキル基およびアリール基からなる群より選択し、cおよびnは一~一〇の整数であり、Dは<省略>および酸素からなる群より選択し、tは〇~一の整数であり、vは一~五の整数であり、aは前述したとおりである)、
一般式
<省略>
(式中Lは<省略>―およびR1O―からなる群より選択し、RおよびR1は前述したとおりであり、R51は炭素原子一〇個までのアルキル基およびアリール基よりなる群から選択し、R3およびR4の各々は水素、アリール基、アルキル基、
<省略>
および―R5―OR1からなる群より選択し、R5炭素原子一〇個までのアルキレン基およびアリール基からなる群より選択した二価炭化水素基であり、nは一~二〇の整数であり、aは〇~二の整数である。
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R9、R10およびR11は水素、炭素原子一〇個までのアルキル基およびアリール基からなる群より選択し、jは二~二〇の整数でありwは一~五〇〇の整数であり、Aは水素、アルキル基、アリール基および<省略>からなる群より選択し、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R18は水素、アルキル基およびアリール基よりなる群より選択し、vはRおよびR1O―からなる群より選択し、yは〇~二〇の整数であり、xは二~二〇の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R20、R21、R22、R23およびR24はおのおの水素、炭素原子一〇個までのアルキル基、シクロアルキル基およびアリール基からなる群より選択し、sは〇~一の整数であり、uは〇~二〇の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R12およびR13は水素、炭素原子数一〇個までのアルキル基およびアリール基からなる群から選択し、zは二~二〇の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R61はアルキル基、シクロアルキル基からなる群より選択し、あるいは同じ炭素原子に結合せる二つのR61基はそれらが結合している炭素原子とで炭素原子五~七のシクロアルキル基を作ることもでき、R62は低級アルキル基であり、iは一~四の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R62は各々水素、低級アルキル基、炭素原子七個までのシクロアルキル基、単核および二核アリール基、単核アリール低級アルキル基からなる群より選択し、更に同じ炭素原子に結合している二つのR62基はそれらが結合している炭素原子と共にシクロアルキル基を作ることもでき、kは一~九の整数であり、aは〇~二の整数である)、
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R71は水素、炭素原子一〇個までのアリール基からなる群より選択し、eは一~一〇の整数であり、fは二~一〇の整数であり、aは〇~二の整数である)、または
一般式
<省略>
(式中RおよびR1は前述したとおりであり、R66およびR67の各々は水素、アルキル基、アリール基、炭素原子五~七個のシクロアルキル基、単核および二核低級アルキル基からなる群より選択し、また同じ炭素原子に結合している二つのR66またはR67はそれらが結合している炭素原子とでシクロアルキル基を作ることができ、各R66およびR67は全て同じでもあるいは異なつてもよく、sは一~四の整数であり、aは〇~二の整数である)
で表わされる窒素含有官能性シラン、を含む自己接着性室温硬化性シリコーンゴム組成物。